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東京高等裁判所 昭和57年(ラ)155号 決定

抗告人

甲山一郎

右代理人

福岡清

山崎雅彦

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一本件抗告の理由は別紙即時抗告の申請書のとおりである。

二禁治産宣告の取消申立事件において、家事審判規則第七条第三項、民事訴訟法第三〇五条により、当事者は鑑定人につき忌避の申立をすることができるが、鑑定人につき忌避の申立をすることができる当事者とは、禁治産宣告の取消制度の趣旨に鑑み、禁治産宣告の取消の申立をした申立人及び取消の対象となる禁治産宣告を受けた事件本人であると解すべきである。なお、抗告人は、本件記録によると事件本人の兄であることが認められ、家事審判規則第二七条第一項、第二九条第二項、民法第七条により禁治産を宣告する審判又はその宣言の取消の申立を却下する審判に対し即時抗告をすることができる者であるが、右即時抗告権を有するだけでは前記当事者とみるべきではなく(申立人・事件本人以外の民法第七条に掲げる者は、禁治産を宣告する審判あるいはその宣告の取消の申立を却下する審判がなされ、それに対して不服がある場合に即時抗告をすることにより、初めて手続に関与して当事者となると解すべきであり、このように解しても事件本人の権利保護に欠けるところはない。)、また、本件禁治産宣告の取消についての審判により抗告人の権利義務が直接に利害の影響を受けることはないから、この点からも前記当事者とみることはできない(別紙即時抗告の申請書の記載からは、抗告人が事件本人の禁治産宣告の取消がされると事実上何らかの不利益を被ることが窺われるが、事件本人の権利保護を目的とする禁治産宣告の取消の審判手続において、抗告人の右不利益について顧慮する必要がないことはいうまでもない。)。

従つて、本件禁治産宣告の取消申立事件においては、抗告人は申立人・事件本人のいずれでもないから、鑑定人につき忌避の申立をすることはできない。

三よつて、以上と趣旨を同じくする原審判は相当であつて、本件抗告は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり決定する次第である。

(倉田卓次 加茂紀久男 大島崇志)

(別紙)  即時抗告の申請書

申立人 甲山一郎

申立代理人 福岡清

同 山崎雅彦

横浜家庭裁判所小田原支部昭和五七年(家ロ)第四号鑑定人忌避申立事件につきなした昭和五七年三月二日付却下の決定について全面的に不服であるので即時抗告を申立る。

[申請の理由]

一 右却下決定の理由は、申立人が鑑定人を忌避することのできる「当事者」に該当しないというにある。そして、忌避申立ができる「当事者」を限定する理由として家事審判手続は民事訴訟法に比べて職権主義だからだというにある。

二 家事審判法九条第一項の甲類として掲げる事項がその非訟事件として国家に対し権利の形成保護を求めるものとしてその制度の趣旨より他と比較してより職権主義的であることが一般的に是認されうるとしても、何故本件鑑定人を忌避することのできる「当事者」の範囲を特に限定しなければならぬ根拠となるのか全く理解できない。

三 裁判所が関与するいかなる裁判においても公正なる裁判をなすことが、裁判の至上命令で、職権主義が仮に支配する裁判手続きにおいてもこれは当然の理である。それは審判手続においても家事審判法第四条において、除斥、忌避、回避の規定が定められており、証拠調べについては家事審判規則七条三項によつて民訴三〇五条が準用されるのはこれ又条理上当然である。

四 民法第七条は禁治産宣告の申立をなす当事者を定め、本件申立人甲山一郎が右当事者に該当するものであることは争いのないところであり、又民法第七条の当事者は、禁治産宣告に対して即時抗告権を有しており(家事審判規則第二七条)、又この申立を却下する審判に対しても同様即時抗告をなすことができる(同条二項)。又禁治産宣告を取り消す旨の審判に対しても民法第七条に掲げる者はこの審判に対し即時抗告権がある(同規則第二九条)。

五 本件甲山花子の禁治産は、本件忌避を申立た甲山一郎の申立によつて甲山花子本人の為に之をなさしめたもので、甲山一郎は同人の実兄として本人禁治産宣告の取り消しの審判手続については重大なる関心をもつ当事者である。少なくとも民法第七条に掲げる者は当該本人の禁治産宣告の有無について法定的に重大なる利害関係人として定められているものである。前記四、の即時抗告権を有する者もこの範囲と一致するのはけだし当然である。

六 実際の本件忌避手続きにおいても当裁判所は調査等をして、先に禁治産宣告の申立人であつた甲山一郎に対して、意見を徴している。当裁判所自ら甲山一郎を重大なる利害関係人であることを認めつつ、何故鑑定人忌避についてのみ「当事者」の範囲をかくも限定的に解釈しなければならないのか、その合理的理由を全く見出しがたい。

七 なお家事審判手続においては、「手続に形式的に主体となつて関与するもののみを当事者とすることは充分ではなく、手続きに関与しないものでも、審判により直接に利害の影響をうけるものもまた当事者に含ましめるべきであろう」…「以上の意味において手続開始の原動力となる申立人が当事者に含まれることについては問題ないが、申立人に対立して存在を予定し、或は必要とされる相手方もまた当事者に含まれることとなる。また家事審判法や家事審判規則にいう利害関係人も手続きに関与するときは、当事者に含ましめられるべきである」(家事審判法講座第一巻二九ページ)。そして本件においては甲山一郎は当該禁治産宣告申立人としてその取消申立には対立して存在する相手方であり、重大なる利害関係人である以上、忌避その他の手続きにおいても当然「当事者」たりうるというべきである。

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